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Hajime Takeuchi “1968-2026: WORKS”

2026

竹内創は1968年大阪に生まれ、兵庫県姫路市にて育ちました。
竹内が中学生だった1983年は任天堂が初めてのファミリーコンピュータを発売し、翌1984年はアップルコンピュータ社が「Macintosh」を発売します。そんな中竹内はYMOに傾倒し、高校生の時にはその散開コンサートに行きました。

1986年4月、大阪芸術大学芸術学部芸術計画学科に入学。在学中に藤本由紀夫氏と出会い、 その後生涯をとおして藤本氏と交友がありました。当時の大阪や京都の芸術大学の学生たちは、新しいテクノロジーを駆使した作品や音楽を作り、圧倒的に東京をしのぐ盛り上がりをみせていました。日本の現代美術史上で「関西ニューウェーブ」とか「西高東低」と称された時代です。竹内は、熱心な時代の目撃者でもありました。

マルセル・デュシャンを信奉した若き竹内は、その研究を深めるため大学卒業後フランスへ渡ります。フランス国立パリ第8大学にて、研究者でありアーティストであるジャン=ルイ・ボワシエ氏に師事することで、今度は10年近くにわたるヨーロッパの最先端アートシーンの目撃者となりました。現在では「メディアアート」と総括的に称されることが一般的になりましたが、当時は「コンピューターアート」「ヴィデオアート」という呼称を経て「ニューメディア」「インタラクティブアート」などともジャンル化され、呼び方も表現も千差万別な過渡期でした。
竹内はパリ第8大学の学士、修士課程を経て、2000年に同大学第三課程DEA(美学)修了およびフランス国立高等装飾美術学校(ENSAD)マルチメディア・マスターを修了しました。この間ボワシエ氏のプロジェクトに多数参画することで、テクノロジーと共に進化していくメディアと表現方法、とくに映像作品における「インタラクティブ美学」を探求しました。

2001年日本に戻った竹内は、その経験と知識を教員という仕事に活かしました。また一方では、専門分野の異なるアーティストらによるコレクティブグループ「softpad」に2005年より参加し、表現者としての活動も数多く行いました。特に2011年に始まり現在も続く「phono/graph」プロジェクトへのsoftpadとしての参加は、公私(!)にわたる大切な活動の場となり、竹内のアーティストとしての足跡を残す重要なプロジェクトとなりました。


1995-2014 フランス国立パリ第8大学インタラクティヴ美学研究所 研究員
2007-2010 同志社女子大学学芸学部情報メディア学科 講師(特別契約教員)
2010- 名古屋芸術大学芸術学部芸術学科デザイン領域先端メディア表現コース 教授(2002-)

その他
1999-2007 フランス国立パリ第8大学 Arts Plastiques「インタラクティヴ・ヴィデオ」担当
2003-2007 神戸山手女子短期大学表現芸術学科「映像表現」担当
2003-2007 京都芸術大学芸術学部情報デザイン学科「造形実習」担当
2008-2026 同志社女子大学学芸学部情報メディア学科「映像演習」担当
2008-2009 嵯峨美術大学造形学科メディアアート分野「造形専門実習」担当
2002-2011 成安造形大学デザイン学科ハイパーメディアクラス「造形専門実習」担当
2011-2012 同志社女子大学学芸学部情報メディア学科「アニメーション演習」担当
2016-2022 名古屋大学情報学部「現代芸術論」担当

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